一部のベッター(予想屋)はマネーマネジメント戦略のメリットを主張します。その中には、ベットで負けた後に損失分を取り戻すため賭け金を徐々に増額するという方法が含まれます。
こうした戦略の支持者はたいてい、この戦略なら堅実で失敗しないと考えています。なぜなら、賭けを続けていればいつかは必ず勝つので、勝った時に最初のベットで目標としていた利益とともに、それまでに失ったお金も確実にすべて取り戻せると考えているからです。
抜け目のない方なら、すでにこの理論の綻びに気付いているでしょう。ギャンブルで、確実に予想できることはありません。もしもそうであれば、それはギャンブルとは言えないでしょう。一部のプレイヤーがこの綻びを無視する理由は、いくつかの経験則に基づくバイアスによるものです。すなわち(勝てるはずだという)過信と、負けが続く可能性を低く見積もってしまうことが原因です。この種のギャンブルマネーマネジメントは、伝統的にマーティンゲールシステムと呼ばれています。
マーティンゲール戦略
マーティンゲールのギャンブル戦略は、カジノギャンブルの世界、特にルーレットゲームがきっかけで生まれました。ルーレットで人気のレッド/ブラックというゲームでは、ボールがスピンした後、赤と黒どちらの番号に落ちるかを予想します。
ハウスエッジの影響を除外すると、どちらの結果でもオッズは2.00となります。基本的なマーティンゲール戦略の根底にあるのは、ベットで負けるたびに賭け金の額を2倍にし、勝つたびに当初(ベースライン)の賭け金額に戻すという発想です。ベッティングオッズがいくつであっても、次の式を使えば応用できます。
マーティンゲールの倍率 = オッズ /(オッズ- 1)
例えばベッティングオッズが3.00の場合、賭け金増額の倍率は1.5になります。
このように、勝つたびに今までの損失を取り戻し、同時に当初の目標利益を達成するのを、次の図のようにスピンのたびに続けていくわけです。
ルーレットスピン | ベット | 賭け金 | 結果 | 勝敗 | 利益 | 合計 |
1 | 赤 | 1 | 黒 | 負け | -1 | -1 |
2 | 赤 | 2 | 黒 | 負け | -2 | -3 |
3 | 赤 | 4 | 黒 | 負け | -4 | -7 |
4 | 赤 | 8 | 赤 | 勝ち | +8 | +1 |
5 | 赤 | 1 | 黒 | 負け | -1 | 0 |
6 | 赤 | 2 | 赤 | 勝ち | +2 | +2 |
7 | 赤 | 1 | 赤 | 勝ち | +1 | +3 |
8 | 赤 | 1 | 黒 | 負け | -1 | +2 |
9 | 赤 | 2 | 黒 | 負け | -2 | 0 |
10 | 赤 | 4 | 赤 | 勝ち | +4 | +4 |
マーティンゲールで変わるのはリスクであり、数学的期待値ではない
Stuart Hollandが電子書籍Successful Staking Strategies(2001年)の中で、マーティンゲール理論で無から有を生み出すことはできないことをシンプルながら優れた実例で示しています。
上記のルーレットの例で、最初の3回のスピンについて考えてみましょう。3回連続で黒に賭けて負けるのは8通りの結果のうちの1つです。それぞれの結果になる確率は同です。
下記の表は、8つの組み合わせそれぞれの利益期待値です。Rはレッド、Bはブラックを表します。ハウスエッジ(緑のゼロで示しています)の影響は除きます。各結果の期待値を計算するには、実際の利益または損失に確率を掛け算します。
組み合わせ | ベット | 結果 | 賭け金 | 利益 | トータル | チャンス | 期待値 |
1 | R、R、R | B、B、B | 1、2、4 | -1、-2、-4 | -7 | 0.125 | -0.875 |
2 | R、R、R | B、B、R | 1、2、4 | -1、-2、+4 | +1 | 0.125 | +0.125 |
3 | R、R、R | B、R、B | 1、2、1 | -1、+2、-1 | 0 | 0.125 | 0 |
4 | R、R、R | B、R、R | 1、2、1 | -1、+2、-1 | +2 | 0.125 | +0.25 |
5 | R、R、R | R、B、B | 1、1、2 | +1、-1、-2 | -2 | 0.125 | -0.25 |
6 | R、R、R | R、B、R | 1、1、2 | +1、-1、+2 | +2 | 0.125 | +0.25 |
7 | R、R、R | R、R、B | 1、1、1 | +1、+1、-1 | +1 | 0.125 | +0.125 |
8 | R、R、R | R、R、R | 1、1、1 | +1、+1、+1 | +3 | 0.125 | +0.375 |
8個の組み合わせそれぞれの期待値を合計すると、この戦略による期待値の合計が算出されます。その結果は、ゼロです。したがって、私たちが長い時間をかけて公平なルーレットゲームをプレーしたら、収支の差し引きがゼロになる結果しか望めないということです。
もちろん、実際のルーレットゲームは必ず公平というわけではありません。カジノでプレーするブラック/レッドはマイナスの期待値が付き物ですし、ゲームを続けてもそれは同じです。
均等に賭けるやり方(賭け金を毎回同額にする)を同じように分析しても、まったく同じ結果が出ます。すべての予測はゼロになるのです。
組み合わせ | ベット | 結果 | 賭け金 | 利益 | トータル | チャンス | 期待値 |
1 | R、R、R | B、B、B | 1、1、1 | -1, -1, -1 | -3 | 0.125 | -0.375 |
2 | R、R、R | B、B、R | 1、1、1 | -1, -1, +1 | -1 | 0.125 | -0.125 |
3 | R、R、R | B、R、B | 1、1、1 | -1, +1, -1 | -1 | 0.125 | -0.125 |
4 | R、R、R | B、R、R | 1、1、1 | -1、+1、+1 | +1 | 0.125 | +0.125 |
5 | R、R、R | R、B、B | 1、1、1 | +1、-1、-1 | -1 | 0.125 | -0.125 |
6 | R、R、R | R、B、R | 1、1、1 | +1、-1、+1 | +1 | 0.125 | +0.125 |
7 | R、R、R | R、R、B | 1、1、1 | +1、+1、-1 | +1 | 0.125 | +0.125 |
8 | R、R、R | R、R、R | 1、1、1 | +1、+1、+1 | +3 | 0.125 | +0.375 |
2つの表をよく見てみましょう。マーティンゲール戦略では、個々の組み合わせで利益が出ると予測できる回数は均等に賭ける戦略と比べて多くなります。この例では4から5がそれに該当します。
しかし残念ながら、これには大きく損失が伴っています。マーティンゲール戦略で変わるものは、リスクの配分だけです。マーティンゲール戦略では、ポジティブな予想時には掛け金をプラスした額が戻ってきますが、しかしそれと引き換えにネガティブな予想時にはそれ以上のマイナスが加わります。そのマイナスは均等にか賭ける方法とは比べ物になりません。これが、この戦略が本質的にはらんでいる危険の源です。
マーティンゲール戦略の活用
スポーツベッターにとってマーティンゲールは、たとえ期待したほどの利益が得られなくても、利益を得るチャンスを与えてくれるように見えるかもしれません。勝つたびに前の負けを取り戻し、毎回少しずつプラスが得られると期待するためです。
しかし前述の分析により、マーティンゲールは数学的欠陥があるだけでなく、本質的にとてもリスキーな戦略であることはご理解いただけたでしょう。負けが続いた場合、負けるたびに賭け金を大幅に増額することになるからです。例えば、五分五分の勝算で10回の負けが続いた場合、11回目の賭け金は1,024倍になるのです。
最初に賭ける金額の大きさによっては、もしかするとブックメーカーの上限額を超えてしまうかもしれません。同様に、あなたの手持ち資金を大幅に超えてしまうこともありえます。
負けが続く可能性を低く見積もってしまう
実際に、五分五分の勝算であった場合、10回連続で負ける可能性はどれくらいあるのでしょうか? 答えは、数学を使えば簡単に出せます。各ベットで負ける確率が50%(0.5)だとしたら、10回連続で負ける確率は0.510で0.0977%です。
このように連続で負ける確率は低いため、多くの人が惑わされ、マーティンゲールを比較的安全な戦略だと信じてしまうのです。しかし、それ以上に何回も賭けをした場合、その中でこれほど連敗する確率はどれくらいあるのでしょうか?
これを計算するのは数学的にもっと難解になりますが、直観的に言って、短いスパンの中で予想される連敗の確率よりも、起こりそうな感じがするでしょう。負けが続く機会がずっと多いからです。幸い、長いスパンで賭けを行った場合に起こりうる最も長い連敗数を予測する、とても便利な方法があるのです。
S_L=(Ln(N))/(Ln(O_L))
S_L は予想される最大連敗数、Nは賭けの総数、‘Ln’は自然対数(計算機で確認できます)、O_Lは各ベットで負けるオッズを表します。O_Lはベッティングオッズ、つまり勝利時のオッズ、O_Wを使って次の式で計算できます。
O_L= O_W/(O_W- 1)
たとえば、オッズが一律2.00のベットで1,000回賭けた場合、通常なら少なくとも1回は10連敗が起きると予測できるわけです。すでにお伝えしたように、これだけ連敗したら次の賭け金は当初の1,024倍に増額する必要があります。
このような連敗に正しく対処できるようにするには、手持ち資金と基本の賭け金の比率を適切に算出する必要があるでしょう。ベッティング回数が多ければ多いほど、最悪のケースに対応するため、手持ち資金と基本の賭け金の比率を小さくする必要があるでしょう。
勝算が五分五分の賭けで1,000回賭けるなら、手持ち資金が少なくとも基本の賭け金額の1,000倍は必要であると言ってほぼ間違いありません。いずれにせよ、基本の賭け金(と勝った後に得られる利益)を極端に小さくするなら、あえてこの戦略を採用し、大金を失うリスクを抱える必要はありません。
破産のリスク
私が2003年に出版したFixed Odds Sports Betting: Statistical Forecasting and Risk Managementでは、マーティンゲール戦略を現実のベットに当てはめ、1回の勝率が平均で0.5(オッズは2.00)となるベッティングで250回賭けるテストを行いました。
当初の手持ち資金の1%を基本の賭け金とし、オッズが一律である場合、最終的に破産する確率は53%でした。均等に賭ける方法では、確率が非常に小さく、実質0%になりました。ベッターに対してそれぞれ5%、10%のアドバンテージを保持しているブックメーカーの場合は、マーティンゲールを採用した場合の破産のリスクは65%、78%にまで高まります。
ベッターがアドバンテージを持っている場合でも、そのリスクの大きさは無視できません。アドバンテージが5%の場合でも、38%という高さです。もちろん、ベッターが予測能力に優れ、プラスの予測金額を確保できたとしても、そもそもなぜそんな損失のリスクを冒す必要があるのか疑問を感じることでしょう。
幻
理論上は、無限の資金、無限の回数のベット、無限の時間、無限のキャパシティーを持つブックメーカーを前提とすれば、マーティンゲールが勝てる戦略ということになります。
もちろん、無限の資金をさらに増やすことはできませんし、もし資金が無限にあるなら、そもそも増やす必要がないのでは?という疑問が当然浮かぶはずです。現実のギャンブルやベットの世界で、マーティンゲールに関する最終結論はこうです。オッズで利益を得る才覚がない場合、マーティンゲールは一番確実に経済的破綻をする方法である。オッズで利益を得る才覚がある場合、そもそもこの戦略は必要ない。
マーティンゲールを使って損失を利益に変えられるというのは、はっきり言って幻にすぎません。しかも、非常にリスキーな幻です。
Joseph Buchdahl はウェブサイトFootball-Data.co.ukを管理するベッティングアナリストで、過去の結果、試合の統計、ベットオッズデータを提供します。彼は Fixed Odds Sports Betting: Statistical Forecasting & Risk Management (2003年)、 How to Find a Black Cat in a Coal Cellar: The Truth about Sports Tipsters (2013年)、 Squares & Sharps, Suckers & Sharks: The Science, Psychology & Philosophy of Gambling (2016年予定)の著者でもあります。